FlowTune Media

メール・会議・ファイルをまとめて「エージェントの記憶」にする — MicrosoftのWork IQ APIが解く問題

AIエージェントに「来週の会議の準備をしてくれ」と頼んだとき、エージェントが最初にぶつかる壁は、能力ではなく文脈だ。あなたの先週のメールの内容、次の会議の参加者、チャットで共有された資料の場所。これらを知らないエージェントは、どれだけ賢くても「何の会議ですか?」と聞き返すしかない。

Work IQ

Work IQ APIは、Microsoftがこの問題に対して出した答えだ。6月2日に発表され、6月16日に一般提供が始まる。メール、カレンダー、会議、チャット、ファイル、組織構造——Microsoft 365に散らばっている仕事のデータを、AIエージェントが理解できる形で提供するインテリジェンスレイヤーである。

数百のAPIを10個のツールに圧縮した

Work IQ APIの設計で最も目を引くのは、そのシンプルさだ。

Microsoft 365には元々、メール用のAPI、カレンダー用のAPI、ファイル用のAPIが個別に存在する。エージェントを開発するとき、従来はこれらの個別APIを数十から数百単位で把握し、正しい順序で呼び出す必要があった。GPT-5にGraph APIのドキュメントを渡したところでうまくいかない——APIの数が多すぎて、エージェントがどのAPIを呼ぶべきか判断するだけでトークンを浪費する。

Work IQはこれを10個の汎用ツールに集約した。エージェントは「ファイルを探して」「メールを読んで」といったシンプルなツール呼び出しだけで、裏側でWork IQが適切なAPIルーティングを行う。Microsoft自身がこの仕組みを「progressive disclosure」と呼んでいる。エージェントは最初に概要だけを受け取り、必要に応じて詳細を掘り下げる。

Microsoft社内のテストでは、従来のAPIと比較して2倍の速度で動作し、コーディングハーネスでのトークン消費が80%削減されたという。

プロトコルはMCP(Model Context Protocol)とA2A(Agent-to-Agent)に対応しており、Claude CodeやOpenClawのようなAnthropicのMCPエコシステムとも接続できる。REST APIも今後提供される予定だ。

「デジタルワークスペース」という新概念

Work IQのもう一つの特徴は、エージェント用の作業領域を提供することだ。

AIエージェントが長時間のタスクに取り組むとき、途中経過をどこに保存するか?という問題がある。ファイルを作ったり、中間結果を記録したり、前回のセッションの続きを再開したり。Work IQの「デジタルワークスペース」は、これをMicrosoft 365テナントの境界内で管理する。

エージェントの進捗データ、作成したファイル、メモリ(記憶)、中間出力がすべてワークスペースに格納される。Microsoftはこの仕組みをCopilot Cowork、Microsoft Scoutなどの自社エージェントで先行的に使ってきたという。

率直に言って、これは地味だが実用的だ。エージェントが「昨日の続き」をできるかどうかは、短時間の質問応答と長時間のプロジェクト遂行の分かれ目になる。

料金体系 — Copilot Credits課金

Work IQ APIはCopilot Creditsによる従量課金制を採用する。Copilot StudioやMicrosoft 365のAIサービスと統一された課金通貨だ。

料金は2つの要素で構成される。ツール呼び出しに対する固定料金と、チャット・コンテキスト取得に対する変動料金だ。具体的な単価はGA時点の公式ドキュメントで確認する必要があるが、Microsoft 365 Copilotアドオンライセンスを持つユーザーは追加の従量課金なしで利用可能とのことだ。

新たにコスト管理ダッシュボードも追加され、管理者がクレジット使用量の確認、従量課金とプリペイドの切り替え、上限設定を行える。エンタープライズ向けの手堅いアプローチと言える。

何が実現できるのか

機能を並べるだけでは伝わらないので、Work IQ APIがあると何が変わるか考えてみる。

社内の情報横断検索が自然言語でできる。 「先月、田中さんとやり取りした契約書の最新版はどこ?」——こういう質問に、メール・Teams・SharePointを横断して答えられるエージェントを構築できる。従来は各サービスのAPIを個別に叩いて結果をマージする必要があったが、Work IQなら1つのツール呼び出しで済む。

会議の前後を自動化できる。 カレンダーから次の会議の参加者を取得し、その参加者との直近のメールやチャットを要約し、関連するSharePointのファイルをピックアップする。この一連の流れをエージェントが自動で行える。会議後の議事録作成と、関連するタスクの作成まで繋げれば、会議周りの雑務がかなり減る。

MCP対応のおかげで、Microsoft以外のAIからもアクセスできる。 これが個人的に最も面白い点だ。Claude CodeのMCPサーバーとしてWork IQを接続すれば、Claude CodeがMicrosoft 365のデータを参照しながらコードを書ける世界が見えてくる。仕様書がSharePointにある、要件がTeamsのチャットにある——そういう現実的な状況で、AIコーディングエージェントが文脈を失わずに済む。

懸念はライセンスの複雑さ

率直に気になるのは、Microsoftのライセンス体系との絡みだ。Work IQ APIを使うにはMicrosoft 365 Copilotアドオンが前提で、その上にCopilot Creditsの従量課金が乗る。中小企業がこの仕組みを導入するハードルは低くない。

また、MCP対応は歓迎だが、現時点ではローカルMCPのみでリモートMCPは「coming soon」だ。サーバーレスのエージェントからWork IQに接続するには、もう少し待つ必要がある。

それでも、Microsoft 365を使っている組織にとって、仕事のデータをAIエージェントに安全に渡す手段がようやく整備されるという事実は大きい。6月16日のGA後、実際の開発者体験がどうなるかを注視したい。

関連記事