「117人の俳優をAI化した」と中国版Netflixが発表。翌日、俳優本人が否定し始めた
「人間の演技は、いずれ無形文化遺産になるだろう」
4月20日、北京で開かれたiQIYI(愛奇芸)のワールドカンファレンスで、CEO龔宇がこう宣言した。iQIYIは中国最大��の動画配信プラットフォームで、しばしば「中国版Netflix」と呼ばれる。
彼はステージ上で「AI Artist Library」の立ち上げを発表した。117人の俳優が契約に署名し、自分の肖像���声のデータをAIによるバーチャルキャラクター生成に提供した、と。映画やドラマの制作を根本から変えるプラットフォーム「Nadou Pro」の目玉機能だという。
発表から数時間���、事態は一変する。
俳優が次々と「許可していない」と声明
最初に動いたのは俳優・張若��(チャン・ルオユン)のスタジオだった。「AI関連の許諾に一切署名しておらず、法的措置を準備中」という正式声明をWeiboに投稿した。
続いて于和偉(ユー・ホーウェイ)が「AI授権契約は署名していない」と表明。王楚然(ワン・チューラン)、李一桐(リー・イートン)も同様の声明を出した。
Weiboでは「爱奇艺疯了(iQIYIはどうかしている)」がトレンド1位に浮上。「#演員集体辟謡AI授権#(俳優たちが集団でAI授権を否定)」もトレンド入りした。
CEO自らがステージで117人と名指ししたのに、当の俳優たちが「知らない」と言い出した。ここまで大規模な「言った言わない」は、AI業界でも前例がない。
iQIYIの釈明 — 「予備的な意向」だった
iQIYIは上級副社長・劉文峰の名前で釈明を出した。要旨はこうだ。
「我々は現時点で俳優の��像をライセンスしているわけではない。AI Artist Libraryへの掲載は、AI映像プロジェクトへの予備的な意向を示すものにすぎない。個別のプロジェクトでは、従来と同じく個別交渉と同意が必要だ」
CEO龔宇もその後「AI Artist Library��同意と授権が前提。技術は人間を置き換えるものではない」と補足した。
だが批判者たちは指摘する。「予備的な意向」であっても、117人の俳優を名指しでステージ上に並べた時点で、彼らがiQIYIのAI戦略に賛同しているかのような印象を与えた。俳優たちのブランドイメージに影響を与える行為だ、と。
Nadou Proという「AI映像制作プラットフォーム」
騒動の影に隠れがちだが、iQIYIが発表した技術自体は注目に値する。
「Nadou Pro(纳逗Pro)」は3月30日にリリースされた、映画・ドラマ制作に特化したAIエージェントだ。脚本開発、絵コンテ、撮��演出、最終レンダリ���グまでを一貫して扱う。Seedance、Kling、Viduなど複数のAI動画モデルを統合し、テキスト・画像・映像・音声を横断的に生成する。
アカデミー賞受賞の撮影監督ピーター・パウ(鮑德熹)との共同プロジェクト「Peter Pau × iQIYI AI Theater」では、SF、ファンタジー、時��劇、現代ドラマの16作品がすべてNadou Proで制作される予定だ。
さらにiQIYIは、AI生成コンテンツに対して年末まで20%の制作費補助を提供すると発表した。レベニューシェアの上限もなし。「AI映像で稼げる場を作る」という明確なインセンティブ設計だ。
技術の方向性としては、筆者は正直に言って理にかなっていると思う。問題は、その技術の上に「俳優の同意がないまま名前を並べた」という事実が乗ってしまったことだ。
17日前に出ていた規制案
タイミングが皮肉だ。
iQIYIの発表のわずか17日前、4月3日に中国のサイバースペース管理局が「デジタルバーチャルヒューマン」に関する規制案を公開していた。第8条���「識別可能な個人に高度に類似したデジタルヒューマンを、許可なく提供することを禁じる」と明記している。第13条ではバーチャルアバターの全出現に対する透かし(ウォーターマーク)の義務化も盛り込まれている。
北京のインターネット裁判所は既に、AIで生成された女優の肖像が本人に類似していた事案で、俳優側の勝訴���決を出している。上海の弁護士は「一度アーティストの画像データがプラットフォームのモデル訓練に使われると、ファインチューニング、デ���タ漏洩、無許可の二次訓練といったリスクは現在の技術では排除しきれない」と警告している。
規制が整備されつつあるまさにその時に、「117人の同意を得た」と発表して複数人に否定される——これがiQIYIの信頼をどれだけ傷つけたかは、想像に難くない。
これは中国だけの問題ではない
この種の衝突は世界中で起きている。
2024年、OpenAIのChatGPTに搭���された音声「Sky」が���優スカーレット・ヨハンソンに酷��していると問題になった。ヨハンソン本人が事前に依頼を断っていたにもかかわらずだ。アリゾナ州立大学の調査では、Skyの声は600人のプロの女優の中でヨハンソンに最も似ていた。OpenAIは最終的にその音声を取り下げた。
2023年のハリウッ���俳優組合(SAG-AFTRA)ストライキでは、AIによる俳優��肖像利用が中心的な論点だった。結果として「デジタル肖像のAI利用には明確な同意が必要」という合意が成立している。
YouTubeは今月、AIによる有名人の肖像検出技術を拡大し、CAA、UTA、WMEといった大手タレントエージェンシーに提供を開始した。Content IDと同じ仕組みで、AIで��成された顔を自���的に検出・通知する。
iQIYIの一件は、この世界的な���れの中で起きている。AIの���術が俳優を完全にデジタル化できるレベルに達した今、「同意」のプロセスをどう設計するかが、エンターテインメント産業の最重要課題になっている。
日本のエンタメ業界にとっての教訓
日本でも���の問題は他人事ではない。
声優のAI音声利用を巡る議論は既に活発だ。HeyGenやPika AI Selvesのようなツールを使えば���数秒の映像から説得力のあるデジタルクローンが作れてしまう。日本の芸能事務所が同様の「AIタレントライブラリ」を提案される日は、遠くないだろう。
そのとき問われるのは、技術の可否ではなく、契約と同意のデザインだ。iQIYIの失敗は、技術が悪かったのではなく、同意の取り方(あるいは取らなかったこと)が雑だったことにある。
「人間の演技は無形文化遺産になる」——CEO龔宇の発言は、技術的には間違っていな���かもしれない。だが同意なしにその未来を押しつけた瞬間、技術は信頼を失う。AIの時代に最も価値があるのは、性能ではなくプロセスの正当性だ。
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