AlphaGoを生んだ男が「人間のデータは要らない」と言い出した — Ineffable Intelligence、欧州史上最大のシード$1.1Bで始動
2016年3月、ソウル。囲碁の世界チャンピオン李世ドルが、AIに敗北した。あの対局を設計した男が10年後、今度は「人間の知識そのものが要らない」と宣言して自分の会社を立ち上げた。
4月27日、David Silverが率いるAI研究所Ineffable Intelligenceがステルスモードを解除し、$1.1B(約1,650億円)のシードラウンドを発表した。評価額は$5.1B。欧州史上最大のシードラウンドだ。
AlphaGoの設計者が辞めた理由
SilverはGoogle DeepMindで10年以上、強化学習チームのVPを務めた。AlphaGo、AlphaZero、AlphaStarなど、AIが人間を超えた瞬間の裏にはほぼ必ずこの人物がいた。
彼が2025年末にDeepMindを去った背景には、現在のAI開発への根本的な異議がある。2025年にRichard Sutton(強化学習の父と呼ばれる研究者)と共著した論文で、Silver氏はこう主張した。「LLMは人間が作ったデータの合成・拡張はできるが、本当に新しい知識を発見することはできない」。
つまり、ChatGPTやClaudeがどれだけ賢くなっても、人間のデータを学習する限り「人間の知識の焼き直し」を超えられない、という立場だ。
「スーパーラーナー」とは何か
Ineffable Intelligenceが目指すのは、人間のデータに一切依存せず、強化学習だけで知識とスキルを獲得するAI、いわゆる「スーパーラーナー」だ。仮想環境の中でエージェントが目標を追い、失敗し、適応し、試行錯誤と自己対戦を通じて学習する。AlphaGoが碁盤の上でやったことを、あらゆる領域に拡張しようという構想になる。
公式サイトには「成功すればダーウィンに匹敵する科学的ブレイクスルーになる」と書かれている。壮大すぎて眉をひそめたくなるが、AlphaGoで実際にそれをやった人間の言葉だと思うと、完全には無視できない。
投資家の顔ぶれ
シードラウンドはSequoia CapitalとLightspeed Venture Partnersが共同リード。NVIDIAが$250M以上を出資し、Google、DST Global、Index Ventures、英国政府のSovereign AIファンドも参加している。製品なし、収益なし、ロードマップなしのステージでこの金額を集めたのは、Silver氏個人の実績への賭けだろう。
なおSilver氏は、個人株式から得られる利益の100%をFounders Pledgeを通じて慈善寄付すると表明している。
正直な所感
期待と懐疑が半々だ。
強化学習だけで汎用知能に到達できるかどうかは、AI研究者の間でも意見が割れている。AlphaGoが成功したのは囲碁というルールが明確な閉じた環境だったからで、現実世界の複雑さに同じアプローチが通用するかは未知数だ。「スーパーラーナー」という言葉も、現時点では具体的なアーキテクチャや手法が公開されておらず、ビジョン以上のものではない。
一方で、「LLMの延長線上にAGIはない」という問題提起自体は的を射ている可能性がある。現在のAI業界がトランスフォーマー+大量データの路線に集中する中、まったく違うアプローチに$1.1Bが流れたこと自体が、業界の風向きの変化を示している。
製品が出るまでは判断しようがない。ただ、AlphaGoを作った人間が「次はこれだ」と言って全てを賭けている事実は、覚えておく価値がある。
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