Gemini 3.8 Flash、単価は3.7と同じ。なのに請求が増える「働き者」の罠
100万トークンあたり入力$0.75、出力$3.75。この数字は、3週間前に出た Gemini 3.7 Flash とまったく同じだ。
Googleは2026年9月2日、Gemini 3.8 Flashを公開した。6週間で3本目のFlash——3.6、3.7ときて、また働き者(ワークホース)モデルの更新である。しかも新しいベースモデルを作ったわけではなく、3.7 Flashを土台にした地続きの改良だ。
単価据え置き、ベンチは全指標で3.7超え。数字だけ並べると「安いまま賢くなった、乗り換えて損なし」に見える。ところが今回は、そう単純に言えない仕掛けが料金の裏に隠れている。先に結論を言うと、単価は同じでも請求額は増えうる。
3世代を並べる
まず、Flash系の直近3世代を横に並べておく。
| モデル | 発売 | DeepSWE v1.1 | 導入価格(入力/出力・100万トークン) | ベース |
|---|---|---|---|---|
| Gemini 3.8 Flash | 2026/9/2 | 73.7% | $0.75 / $3.75 | 3.7 Flashを踏襲 |
| Gemini 3.7 Flash | 2026/8/13 | 65.3% | $0.75 / $3.75 | 新規 |
| Gemini 3.6 Flash | 2026/7/21 | 49% | $1.50 / $7.50 | 3.5 Flash系 |
ソフトウェア工学タスクのDeepSWEでいうと、49%(3.6)→65.3%(3.7)→73.7%(3.8)。一世代ごとに順当に積み上がっている。Googleの掲載では、ほかにもTerminal-bench 2.1が89.4%(3.7は85.8%)、PC操作のOSWorld-2.0が59.0%(同50.6%)、金融エージェントのVals Financeが61.4%、難問系のHLE-Verifiedが54.9%と、公開されたベンチはすべて3.7 Flashを上回る。いくつかの項目ではClaude Opus 5を超えたともしている。
導入価格の$0.75 / $3.75は2026年12月31日まで。2027年1月1日から$1.50 / $7.50へ倍になる、という値上げ予告つきなのも3.7と同じ構図だ。年明けに実質2倍になる点は、設計前に頭へ入れておいたほうがいい。
なお仕様面は1Mトークンのコンテキスト、最大出力64k、思考の深さを低・中・高で選べる「thinking level」を備える。知識カットオフはおおむね2026年3月あたりとされる。
「据え置き」の裏で起きていること
ここからが本題だ。
3.8 Flashは、難しいマルチステップの課題で精度を上げるために、より多くの思考トークンを消費する設計になっている。小刻みに推論し、ツールを何度も呼び、途中で自分の答えを検証しながら進む。要は「よく考えてから動く」ようになった。賢くなった中身はここにある。
問題は、その思考トークンにも当然お金がかかることだ。報告されているところでは、3.8 Flashは3.7 Flashのおよそ2倍の思考トークンを使うという。単価が同じでも消費量が増えれば、当然、1タスクあたりの請求は膨らむ。第三者の試算では、同じ仕事をさせたときの実コストが3.7比で4割ほど上がったという数字も出ている。
つまり「価格据え置き」は、正確には「トークン単価が据え置き」であって、「支払い総額が据え置き」ではない。ここを混同すると、乗り換えた翌月の請求書で驚くことになる。
そして興味深いのは、Google自身がそれを隠していない点だ。コスト効率を最優先するなら3.7 Flashを使い続けてほしい、と公式に案内している。新モデルを出しておいて「効率重視なら旧モデルで」と言うのは、正直めずらしい。裏を返せば、3.7 Flashは廃止されず併存し、両者は「上位互換」ではなく役割の違う2枚看板として置かれた、ということだ。
セキュリティ特化の「3.8 Flash Cyber」
同時に、もう一つの派生モデル Gemini 3.8 Flash Cyber も公開された。脆弱性の発見と自動修正に振り切ったモデルで、フロンティア級の性能をうたう。ただしこちらは誰でも使えるわけではなく、Fairwind Programを通じて信頼できる防御側(trusted defenders)に提供が絞られている。
3.6 Flash Cyberのときと同じ設計思想だ。同じ技術は攻撃側にも効いてしまうから、提供先を管理する。汎用モデルから高リスク領域の専用派生を切り出し、配布をゲートで囲う——この形は今後も繰り返されるだろう。
で、どう使い分けるか
このリリースの肝は、性能そのものより「使い分けの線引きがはっきりした」ことだと思う。
自律エージェントに難しい設計判断をさせる、複雑なバグを何十ステップもかけて直させる——精度が数%でも効いてくる場面では、多少トークンを食っても3.8 Flashに任せる価値がある。first-pass(一発で通る)率が上がるなら、やり直しの往復が減って結局トータルで得、という計算も成り立つ。
一方で、大量のログを右から左へ処理する、社内文書を一括で要約する、常時走らせる軽い下働き——こうした「量で回す」用途は、素直に3.7 Flashのままでいい。ここで3.8に上げると、精度の恩恵は薄いのにトークン消費だけ増える。いちばん損な乗り換えだ。
嬉しいのは、3.8 Flash側でも思考レベルを「低」に落とせば、この重さをある程度回避できること。レイテンシ重視のタスクは低thinkingで走らせ、難所だけ高thinkingに上げる。1つのモデル内でギアを切り替える運用が現実的になった。ここまで来ると、モデル選定は「どれが最強か」ではなく「タスクごとに単価×消費量をどう最適化するか」というFinOpsの問題に近づく。
正直な評価
良い点は明快だ。コーディングとエージェント性能が一段上がり、それを新しい単価の上乗せなしで出してきた。3.7 Flashを残したうえで「効率重視なら旧モデルで」と正直に案内する姿勢も、素直に好感が持てる。ユーザーを高いほうへ誘導しない設計だ。
微妙なのは、やはり「据え置き」という言葉のミスリードしやすさ。単価が同じでも実支払いは増えうる、という一番大事な部分は、料金表の数字だけ見ていると見落とす。ベンチの伸びに釣られて全ワークロードを3.8へ寄せると、効率重視の処理でかえって高くつく。ここは各自で、自分のタスクのトークン消費を実測してから判断したほうがいい。
もう一つ引っかかるのは、これで3本目のFlashだということ。本命のフロンティアモデルは相変わらず表に出てこない。働き者を磨き込む戦略自体は理にかなっているが、上限を決めるのは結局フロンティアの知能だ。その一手がいつ来るかで、この「Flash連投」の評価も変わってくる。
現時点の結論はシンプルだ。難所は3.8、量産は3.7。1タスクの単価×消費量で選ぶ。今回のGoogleは、その判断材料を(値上げ予告も含めて)わりと正直に開示してきた。詳細はGoogleの公式ブログで確認できる。
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