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Sakana AI — 「Attention Is All You Need」の共著者が東京で仕掛ける、進化的AIモデルの衝撃

日本からAIの世界的プレイヤーは生まれない——そんな通説を覆しつつある企業がある。

Sakana AI。2023年に東京で創業し、わずか2年で評価額26.5億ドル(約4,000億円)に到達。日本の未上場スタートアップとして史上最高の評価額を記録した。Google、MUFG、Khosla Ventures、NEAといった国内外の大物投資家が名を連ね、2026年1月にはGoogleとの戦略的パートナーシップも締結。「日本発のAIユニコーン」という看板は、もはや誇張ではない。

だが、この会社の本当の面白さは数字ではなく、技術思想にある。

創業者たちの異色の経歴

Sakana AIの創業メンバーは3人。CTO(最高技術責任者)のLlion Jones氏は、現代AI革命の起点となった2017年の論文「Attention Is All You Need」の共著者だ。Transformer——ChatGPTもGeminiもClaudeも、すべてこのアーキテクチャの上に成り立っている。その生みの親の一人が、シリコンバレーではなく東京でスタートアップを立ち上げた。この事実だけでも、AI業界では異例中の異例と言っていい。

CEOのDavid Ha氏は、Google Brain東京チームの立ち上げを主導した研究者。それ以前はゴールドマン・サックスで金利デリバティブのトレーディング部門を率いていたという、研究者としては珍しいキャリアの持ち主だ。金融と研究、両方の世界を知る人間がAIスタートアップの経営を担っているのは、資金調達やエンタープライズ展開の面で大きな強みになっている。

COOの伊藤錬氏は、メルカリの海外展開を牽引した後、外務省での外交経験も持つ。技術・経営・グローバル展開の三拍子が揃った布陣で、この組み合わせは偶然ではなく明確な戦略だろう。

進化的モデルマージ——「品種改良」のAI版

Sakana AIの技術的な核心は「進化的モデルマージ(Evolutionary Model Merge)」にある。

通常、高性能なAIモデルを作るには膨大な計算資源が必要だ。数千台のGPUを何ヶ月も回し、何十億パラメータのモデルをゼロから学習させる。OpenAIやGoogleが得意とするこのアプローチは、資金力がものを言う世界でもある。

Sakana AIはまったく別のルートを取った。既存のオープンソースモデルを「親」として、進化的アルゴリズムで最適な組み合わせを自動探索する。農業で言えば、品種改良に近い。優れた特性を持つ品種同士を掛け合わせて、新しい優良品種を生み出す。ゼロから種を作るのではなく、既にあるものを賢く組み合わせる発想だ。

この手法で、Sakana AIは日本語に特化した大規模言語モデルや、日本文化を理解する画像認識モデル、高速な画像生成モデルを次々と生み出している。しかも、パラメータ数がはるかに大きいモデルを上回るベンチマーク結果を出すケースもある。彼らの論文「Evolutionary Optimization of Model Merging Recipes」はNature Machine Intelligenceに採択され、学術的にも高い評価を受けた。

2026年4月には「ShinkaEvolve」というプログラム進化フレームワークも公開しており、モデルマージだけでなくAIエージェントの自動最適化にも手を広げている。CycleQDと呼ばれる手法では、8Bパラメータという比較的小型のモデル群を進化させ、大型モデルに匹敵するエージェント性能を実現した。

小さくて強い。これがSakana AIの哲学だ。

Googleとの提携が意味するもの

2026年1月に発表されたGoogleとの戦略的パートナーシップは、Sakana AIにとって転機になり得る。

提携の柱は3つ。第一に、GoogleのGeminiおよびGemmaモデルを活用した製品開発の加速。第二に、Googleへの直接フィードバックを通じたAI品質の向上。第三に、金融・政府セクターという「ミッションクリティカル」な領域への共同展開だ。

筆者が注目するのは、この提携の非対称性だ。Sakana AIにとってGoogleのモデルとインフラへのアクセスは明らかなメリットだが、Google側にとっても意味は大きい。日本市場はAI導入において独特の障壁がある。言語の壁、規制への慎重さ、そして「国産」や「信頼できるパートナー」を重視する企業文化。Googleが単独で攻めるより、MUFG、大和証券、ソニー、NTTといった日本の大手企業と既にパイプを持つSakana AIを経由したほうが、Geminiの浸透は早い。

つまりSakana AIは、グローバルAI企業と日本市場の「橋渡し役」としてのポジションを確立しつつある。これは技術力だけでは得られない、戦略的に構築された立場だ。

資金調達と市場での位置づけ

資金調達の推移を振り返ると、Sakana AIの成長速度が際立つ。

2023年のシードラウンドで3,000万ドルを調達。2024年にはSeries Aで1億ドル超。そして2025年11月のSeries Bで1.35億ドル(約200億円)を集め、評価額は26.5億ドルに達した。累計調達額は3億ドルを超える。投資家にはKhosla Ventures、Lux Capital、NEA、Macquarie Capital、さらには米国情報機関系のIn-Q-Tel(IQT)まで入っている。

日本のAIスタートアップといえば、これまではPreferred Networks(PFN)が代表格だった。だが、PFNがロボティクスやマテリアルズ・インフォマティクスに軸足を移す中、生成AI分野ではSakana AIが日本勢の旗手として国際的な認知を得ている。IBTimesの「2026年日本のAIスタートアップ10選」でもトップに挙げられるなど、海外メディアからの注目度は高い。

率直な評価——期待と懸念

Sakana AIのアプローチには、筆者として素直に感心する部分がある。

進化的モデルマージは、巨額の計算コストを回避しながら高性能モデルを生み出す賢い戦略だ。特に日本語のような「非英語圏」の言語に特化したモデルを効率よく作れる点は、OpenAIやAnthropicが本腰を入れないニッチを突いている。Google提携による信頼性の担保も、エンタープライズ展開には強力な武器になる。

一方で、懸念もある。

まず、技術的な持続性の問題。進化的モデルマージは既存モデルの組み合わせ最適化であり、根本的に新しいアーキテクチャや学習手法を生み出すものではない。ベースとなるオープンソースモデルの進化に依存する構造は、長期的には弱点になり得る。MetaがLlamaの公開方針を変えたり、主要モデルのライセンスが厳格化すれば、Sakana AIのパイプラインは直撃を受ける。

次に、収益モデルの不透明さ。研究成果は華々しいが、具体的なプロダクトとしてどこでマネタイズしているのかが外部からは見えにくい。評価額26.5億ドルに見合う売上規模があるのか、それとも「期待値先行」なのかは気になるところだ。

そして、Google依存のリスク。提携は強みであると同時に、Googleの戦略変更に振り回される可能性も意味する。Googleが日本市場を自前で攻める判断をした場合、Sakana AIの「橋渡し役」としての価値は急速に薄れる。

日本のAI産業にとっての意味

それでも、Sakana AIの存在が日本のAI産業に与えるインパクトは無視できない。

日本はAI研究において長らく「論文は出すが産業化で遅れる」と言われてきた。国内の生成AIスタートアップも、どちらかといえばアプリケーション層——既存のAPIを組み合わせたサービス開発——に偏る傾向があった。その中で、基盤モデルの研究開発で国際的に戦えるプレイヤーが東京から出てきたことの意義は大きい。

Transformerの共著者が東京を拠点に選んだという事実は、日本のAI人材採用にもポジティブなシグナルを送っている。実際、Sakana AIの研究チームには世界各国から優秀な研究者が集まっているとされる。

Sakana AIが今後、研究の卓越性をビジネスの持続可能性に変換できるかどうか。それが、日本発のAIユニコーンが「一発屋」で終わるか「本物」になるかの分水嶺だろう。期待は大きい。だが、その期待が実体を伴うかどうかは、これからの1〜2年で答えが出る。

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