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社員のキーボード入力をAIに食わせ、その社員を解雇する——Metaの「MCI」が踏み越えた線

自分のキーストロークが、自分の仕事を奪うAIの訓練データになっている。

そんな状況が、Metaの社内で現実に起きている。2026年4月、同社はModel Capability Initiative(MCI)と呼ばれるプログラムを米国の全社員に通知した。業務用PCに監視ソフトウェアを導入し、キーストローク、マウスの動き、定期的なスクリーンショットを記録する。対象はGoogle、LinkedIn、GitHub、Slack、さらには個人のGmailまで。数百のWebサイトとアプリにわたる操作ログが、AIモデルの訓練データとして収集される。

そして5月20日、Metaは約8,000人の解雇を発表した。

何のために記録するのか

MCI の目的は、Metaが開発中のAIエージェントに「人間がコンピュータを使う方法」を教えることだ。CTO のAndrew Bosworthは社内ミーティングで、AIモデルがドロップダウンメニューの選択やキーボードショートカットの使用で苦戦しているため「大規模で偏りのないデータセット」が必要だと説明している。

収集データの行き先はMuse Spark——Meta Superintelligence Labsが2026年4月に立ち上げた、複雑なマルチステップワークフローを処理するフロンティアAIシステムだ。メールの返信、スプレッドシートの操作、Slackでのやり取り。人間が日常的に行うPC操作を、AIが忠実に再現できるようにする。

率直に言えば、筋は通っている。AIがコンピュータを使えるようになるには、人間がコンピュータを使う実データが必要だ。合成データでは捉えきれない操作の「くせ」や「文脈」がある。技術的には理にかなった判断だろう。

オプトアウトできない、という設計

問題は、その実行方法にある。

Bosworthは「オプトアウトはない」と明言した。業務PCである以上、社員にはデータ提供を拒否する権利がないというのがMeta側の立場だ。ただし、欧州の社員はGDPRにより免除されている。米国には同等のプライバシー規制がないため、拒否の手段がない。

CNBCが入手した内部メッセージでは、複数の社員がMCIを「ディストピア」と形容している。パスワード、新製品の開発情報、社員のビザ情報や健康データといった機密情報が広範に露出するリスクを指摘する声もある。スクリーンショットには、画面に表示されているあらゆる情報が映り込む。それがAIの訓練データになる。

8,000人の解雇との距離

MCIの発表から約1か月後、Metaは全世界の従業員の約10%にあたる8,000人に解雇通知を送った。加えて6,000件の求人枠も凍結。実質的な人員削減は14,000人規模になる。

Metaはこの2つが直接関連しているとは説明していない。だが、時系列を並べると、社員の操作データを記録するプログラムを開始した直後に大規模なレイオフを実行したことになる。「まずデータを取り、それから人を減らす」という順序を、偶然だと受け取る社員は少ないだろう。

日本への示唆

日本企業がMCIと同じことをやろうとしたら、どうなるか。個人情報保護法の「要配慮個人情報」に該当する可能性があり、少なくとも明確な同意が求められる。GDPRほどの歯止めにはならないかもしれないが、オプトアウト不可という設計は法的にグレーだ。

一方で、「AIにPCの使い方を教える」という需要自体は消えない。AnthropicのComputer Use、OpenAIのOperator、GoogleのProject Marinerなど、AIが画面を操作するエージェント技術は各社が開発を加速している。その訓練データをどう調達するかは、業界全体が直面している課題だ。

Metaが選んだ方法は、効率的ではある。だが、自社の社員を同意なき訓練データとして扱い、その直後にレイオフを行う——この順序が持つメッセージは重い。技術の合理性と、それを実行する方法の倫理性は、別の問題だ。

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