27BのAIが論文の再現で大手モデルを抜いた — DeepMind出身者の「AI科学者」Faradayの実力と限界
27億でも70億でもない。270億パラメータのモデルが、Claude Opus 4.8とGPT-5.5を「論文の再現」というタスクで上回った。
これだけ聞くと「小さいモデルが大きいモデルに勝った」という、よくあるベンチマーク自慢に見える。だが中身を読むと、そう単純な話ではなかった。勝ち方も、そして負けている部分も、どちらも示唆に富んでいる。
主役はロンドンのAIラボ、Inherent(インヒーレント)だ。DeepMind・Microsoft・Reka AIの出身者が集まり、8月にステルスを脱却。5,000万ドルのシード(リードはIndex VenturesとRadical Ventures)とともに、「AI科学者」を名乗るエージェント Faraday を公開した。
Faradayは何をするエージェントなのか
Faradayの狙いは、コードを書くエージェントに「科学的な直感」の層を乗せることだ。
具体的なタスクは、公開済みの論文の結論を、答えを教えられないまま独立して再現するというもの。論文のグラフを渡さずに、手法だけから実験を組み立て、同じ図を再現できるか——という、かなり厳しい設定だ。
評価に使われた「Replica」ベンチマークは、NLP・材料科学・気象予測など100本の論文から作った310タスクで構成される。オリジナルのプロットなしで図を再現させる。ここでFaradayは、in-distribution(学習分布内)のタスクの73%でClaude Opus 4.8を上回り、学習に使っていないAI-for-science系の論文でもリードを保ったという。
たった27Bでこれをやってのけた、というのがInherentの主張だ。
勝因は「作り方」にある
面白いのはアーキテクチャだ。Faradayは魔法の巨大モデルではない。
ベースは270億パラメータのQwen。そこにコーディングのサブタスクはOpenAIのGPT-5.5 Codexを呼び出して任せる、という構成になっている。つまりFaraday本体は「科学の段取りを考える頭脳」で、力仕事のコード生成は外部の強力なモデルに投げる。役割分担で成り立っている。
そして肝は学習方法だ。通常のファインチューニングやRLHFではなく、長期視野の強化学習(long-horizon RL) を使い、自動生成したルーブリック(採点基準)ベースの判定器で評価しながら訓練した。この「長い試行錯誤を通じて採点され続ける」プロセスが、科学的直感をモデルの重みに埋め込んだ、とInherentは説明している。
正直、この設計思想は素直に面白い。汎用の巨大モデルをそのまま賢くするのではなく、「科学のやり方」だけを専用に強化学習で叩き込む。小さくても特定領域で勝てる、という最近のトレンドの、かなり尖った実例だ。
ただし——153回試して、新発見はゼロだった
ここからが冷静に見るべき部分だ。
Faradayが得意なのは、あくまで「既にある論文の再現」だ。答えの分かっている問題を、道筋だけから辿り直す能力に長けている。だが報道によれば、Faradayに未解決の問題を投げた153回の試行で、新しい手法は1つも生まれなかった。
再現(replication)と発見(discovery)はまるで違う。再現は「正解までの道が存在することが保証されている」タスクで、発見は「そもそも道があるか分からない」タスクだ。Faradayは前者で強さを見せたが、後者ではまだ結果を出せていない。Inherent自身が目指すのは長期の未解決問題の攻略なので、現時点では「入り口に立った」段階と見るのが妥当だろう。
もう一つ、重要な留保がある。Claude Opus 4.8やGPT-5.5との比較は、第三者による独立した再検証がまだ公開されていない。自社発表のベンチ結果である以上、数字は割り引いて読むべきだ。「73%で上回った」は魅力的だが、比較条件の詳細が検証されるまでは、話半分で受け取るのが健全だと思う。
それでも、この方向性が本物になったら何が起きるか
限界を差し引いても、Faradayが指し示す未来には見るべきものがある。
科学には「再現性の危機」という積年の問題がある。発表された研究の相当数が、他の研究者の手で再現できない。ここに、答えを知らないまま論文を独立再現できるAIが安価に大量投入できたらどうなるか。発表前・査読段階での自動再現チェックが現実味を帯びる。「この論文、AIエージェントに独立再現させたら図が合わなかった」——そんな検証が標準になれば、科学の信頼性そのものの底上げになる。
そして再現の精度が上がった先に、Inherentが狙う発見がある。既存の手法を確実に辿れるエージェントが、少しずつ「既知の組み合わせの外」へ踏み出せるようになれば、そこで初めて発見に届く。今はまだゼロだが、再現で73%を取れる土台があるなら、条件次第で化ける余地はある。その条件とは、未知への探索を評価できる報酬設計と、失敗を大量に許容できる計算資源だろう。
Inherentのチームには元Biden政権のAI政策アドバイザーも名を連ね、エンタープライズ自動化ではなく「長期の未解決科学問題」に狙いを定めていると明言している。5,000万ドルは、欧州のステルス脱却ラウンドとしては2026年でも最大級だ。派手なプロダクトではないが、AIが科学を進めるという潮流の中で、最も原理的なところに賭けている一社だと言える。
詳細はInherent Labs公式の研究ノートで公開されている。ベンチの中身まで踏み込みたい人は一次情報にあたってほしい。
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