カメラを載せなかったAIメガネが$1Bに到達した — Even Realitiesという逆張り
スマートグラスといえば、カメラが付いていて、街中で着けていると周囲から怪しまれる — そんなイメージが定着しつつある。MetaのRay-Ban Metaは街撮りやライブ配信には便利だが、レストランやオフィスでの「盗撮疑惑」問題は解決していない。
深圳発のスタートアップEven Realitiesは、その問題を「カメラを載せない」という判断で回避した。7月6日、美団(Meituan)とテンセントがリードするプレシリーズBラウンドで$150M(約241億円)を調達し、評価額$1B(約1,610億円)のユニコーンに到達したとTechCrunchが報じた。
元Appleエンジニアが深圳で作ったもの
CEOのWill Wangは元AppleのエンジニアでApple WatchやiPhoneの開発に携わった人物。共同創業者にはデンマークの高級アイウェアブランドLindbergの出身者も名を連ねる。テクノロジーとファッションの両面から「普通のメガネに見える」ことにこだわった結果、フラッグシップの「G2」は重量わずか36g。マグネシウム合金のフロントにチタンのテンプルという構成で、一般的なメガネと見分けがつかない。
拠点がシリコンバレーではなく深圳なのも意図的だ。CEOはCNBCの取材で「次のAppleは深圳から生まれる」と発言している。ハードウェアのサプライチェーンが徒歩圏内にある環境で、プロトタイプの反復速度を最大化する戦略をとっている。
G2の中身 — 見えるのは自分だけ
G2のレンズにはMicro-LEDディスプレイが組み込まれている。解像度640×350、輝度1,200ニト、リフレッシュレート60Hz。目の前に浮かぶ緑色のテキストは装着者にしか見えない。外部スピーカーもない。
主な用途は通知表示、ナビゲーション、リアルタイム翻訳、そしてAIアシスタントだ。
AIアシスタント機能は2つある。1つは音声で質問すると回答がレンズに表示される一般的なもの。もう1つが面白い。「Conversate」モードは会話を聞き取り、バックグラウンドで単語の定義、人物の情報検索、フォローアップ質問の提案をリアルタイムで表示してくれる。商談中に相手の発言に関連する情報がさりげなくレンズに浮かぶ — テレプロンプター的な使い方だ。
バッテリーはアクティブ使用で48時間、IP65防水。$599(約96,000円)で、別売りのスマートリング「R1」($249)と組み合わせると親指のスライドで操作できる。
Meta Ray-Banとの立ち位置の違い
Meta Ray-Banは「撮って、見て、共有する」デバイスだ。カメラ・マイク・スピーカーが全部載っていて、InstagramやFacebookとの連携が強い。対するEven Realitiesは「読んで、知って、動く」デバイス。情報を受け取る方向に特化している。
この違いは設計思想の根本から来ている。カメラを載せればデータ量が増え、プライバシー議論が付きまとい、バッテリーが持たなくなる。Even Realitiesはその一切を捨てて、バッテリー寿命(48時間 vs Meta Ray-Banの約4時間)と社会的受容性を取った。
正直、この判断は賢い。2026年時点でスマートグラスの最大の障壁は技術ではなく「人前でかけられるかどうか」だ。カメラ搭載モデルは今後も法規制やプライバシー議論に振り回される可能性がある。Even Realitiesはそのリスクを丸ごと回避している。
気になる点
一方で、カメラがないということは視覚情報のAI処理ができないということでもある。Google GeminiやGPT-4oが「見たものを理解する」方向に進む中、Even Realitiesのアプローチは音声入力に依存する。「目の前のメニューを翻訳して」とカメラ越しに頼む使い方はできない。
ユーザーの80%と開発者コミュニティの大半が米国にいるにもかかわらず、深圳に本社を置く中国企業であるという点も、地政学リスクとして意識せざるを得ない。TikTokの前例を考えると、米国市場での成長が続いた場合に政治的な逆風を受ける可能性はゼロではない。
日本での入手性も現時点では限定的で、公式サイトからの直接購入が主なルートになる。
AIメガネ市場はこれから面白くなる
スマートグラス市場にはMeta、Snap(Spectacles)、Huawei(HarmonyOS搭載モデル)、そしてEven Realitiesが並ぶ構図になりつつある。それぞれのアプローチが異なるのが面白い。MetaはSNS連携、SnapはAR体験、HuaweiはOS統合、Even Realitiesはプライバシー重視のディスプレイ特化。
もしEven RealitiesがConversateモードのAI精度をさらに高めて、たとえば会議の議事録をリアルタイムでレンズに流すような使い方が実現すれば、ビジネス用途でのキラーアプリになりうる。AIミーティングツールとスマートグラスの融合は、ディスプレイを持たないAirPodsやBoseフレームにはできない領域だ。
$599は安くはないが、Apple Watchが初代モデルで同価格帯からスタートしたことを思えば、カテゴリの立ち上げ期としては妥当な水準だろう。元Appleエンジニアがその価格帯を意識していないはずがない。
関連記事
NVIDIA H100の20倍速い推論チップが登場 — Etched「Sohu」というTransformer専用の賭け
Transformer専用チップSohuがH100比20倍の推論速度を主張。Etchedの性能と限界を解説。
OpenAI初のハードウェアはスマホでもPCでもなく「13キーのマクロパッド」だった
OpenAIが初のハードウェア「Codex Micro」を7月15日に発売。キーボードメーカーWork Louderとのコラボで、AIコーディング専用マクロパッドの仕様・想定価格・用途を解説。
設計9ヶ月でテープアウト — OpenAI初の自社チップ「Jalapeño」は何が違うのか
OpenAIとBroadcomが共同開発した推論専用チップJalapeño。設計からテープアウトまで9ヶ月、AI自身が設計を加速。NVIDIA依存脱却の背景を解説。